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Silent Sunday

「日曜日に若い男女が居間でくつろいでるなんて不健康ー」
 気配も挨拶もなく、いきなり居間のドアを開けた鈴菜さんは、それぞれにくつろいでいた礼とあたしを見て不満げにむくれた。
「…………いきなり帰ってきて何?」
「ねぇ、礼」
 鈴菜さんはあたしを無視して、すとんと礼の隣に腰かける。
「どうして同じ屋根の下で暮らしてるのに、すずに手を出してくれないのー?」
「っげほ」
 その言葉にあたしは飲みかけのミルクティーを気管に入れてしまう。
「すずってそんなに魅力なーい?」
「…………あのー……下手なことして嫌われるのは俺なんですが?」
 両手で顔を挟まれ、目をそらすことも許されない状態の礼はそれだけ何とかという感じで答える。
「うそつきー。礼は上手なんでしょう?」
「それは意味がちがうような」
「あのね鈴菜さん」
 あたしはなにやら変な方向に進んでいる話を止めるために声をかける。
「すずもすずよー?」
 が、それはどうやら藪蛇で。
 ぽいと礼を捨てるとあたしに向き直る。
「どうして礼に応えてあげないの?」
 どうしてって言われても。
「……なんで何もないこと前提なの?」
「だってまだ何もないんでしょー?」
 だから何でそう自信を持って言い切れるんだろうこの人は。さすが母親としか言いようがない。
「………………あたし、夕貴さんも好きなんだけど?」
 なので下手な嘘を付くと色々面倒なことになりそうな予感がするから、とりあえずそれだけを答える。
「……だから?」
 だからってあのね。
「………………まさか、夕貴君ともなにもないの?」
 ちょっと首を傾げた鈴菜さんが露骨に眉をひそめた。
「…………それ以前に二股って道徳的にどうかと思うし」
「でも犯罪じゃないでしょ?」
 いや犯罪じゃなきゃ何やってもいいって訳じゃ。
「……夕貴が生徒に手を出したら、一応まずいんじゃ?」
 別に夕貴さんを助けるつもりじゃないと思うんだけど、礼がおそるおそる声をかける。
「ばれなきゃ問題ないもの」
 いやだからそういう問題じゃ。
「それに私っ!二股だからって清らかな交際をするような、そんな良識がある子に育てた覚えないわよー!?」
 そりゃ確かにそんな風に育てられた記憶はないけれど……何か鈴菜さんの言ってることがめちゃくちゃ。
「もしもし夕貴君。一分だけ時間をあげるからすぐにうちに来てちょーだい」
「うあ」
 気が付くと鈴菜さんは夕貴さんに電話をしていた。
「無茶じゃないでしょー。来ないとあのことばらしちゃうから。いーい?」
 この人夕貴さん脅迫してるし。
 そんなことを考えてると玄関に人の気配。よっぽどバラされたくない「あのこと」とやらがものすごく気になるんだけど。
「……断罪の間にようこそ。アイスコーヒーでいいでしょ?」
 急に有無を言わさず呼び出されて不機嫌そのものの夕貴さんと入れ違いにあたしはキッチンに向かう。
 だから、そのあと居間で鈴菜さんがどんな話をしていたのか、何を考えてるかなんてまったく判らなかったわけで。しかもあたしが戻ってきた時にはすでに鈴菜さんの提案は受諾されていたから。

 ……とりあえずね、鈴菜さん。お願いだからいきなり帰ってきてあたしの生活を引っかき回すのはやめて下さい。あうー。