「なーんかいい感じー」
あたしは屋上の手すりに身体を預け、眼下を見渡す。強い風が髪をなぶるけど視界の邪魔にならない程度に好きにさせておく。
雲が夕陽と闇の色を纏う黄昏時。ほんの一時の昼でもない夜でもない曖昧な風景。あたしの一番好きな場所。
あっちこっちで明かりが灯っているけれど、所々、闇がわだかまっているように見えるのは公園や森や林のある所。
宝石のように綺麗な夜景のところは沢山あるけど。闇と同化したような自然が沢山残っているところだっていっぱいあるけれど。でも人工の輝きと自然の息吹の同居したアンバランスなバランスのとれた場所はここしか知らない。
ここ周辺で一番高い場所にあるあたしの特等席。
「……欲しい?」
ふいに気配もなくふわりと肩になにかがかけられた。
振り返れば、そこにいたのはこの特等席のオーナーであるあたしの一番大切な人。
礼も夕貴さんも婚約候補に挙げるぐらいにはちゃんと好きだけれど。それでもこの人を想う気持ちは次元が違う。恋愛感情なんて通り越しているとても大切なかけがいのない人。
今日ここにいることは告げていないけど、でもどこにいてもあたしを見つけてくてる人。
その人の闇よりも深い、でも輝きを持った瞳が微かに笑っている。
「今見えている景色。物。全部。すずが望むなら手に入れてあげるよ?」
穏やかな声は真実。この人ならそれぐらい簡単にやってのける。
でもあたしは肩にかけられた上着を風に飛ばされないよう手で押さえてその言葉に首を振る。
「自分の物じゃないから綺麗だと思えるんだと思うの」
見守っていられる。守りたいと思う。無くしたくないと思える。
「あたしの物になったら……きっと飽きたら壊しちゃう」
飽きなくても、きっと色あせて見える。だからすぐに切り捨ててしまう。
「僕からの贈り物でも?」
その声に一瞬言葉に詰まる。
「むー……どうしてそういう意地悪言うの?」
微かにイタズラめいた笑みにあたしは唸るしかない。
「素朴な疑問だったんだけど」
笑いながらいってもちっとも真実味はないけれど。
あたしがこの人からの贈り物を粗末にするわけがないのを知っているから。
「……部外者として無責任に手を出せる方が好きだもの」
気まぐれに。心のままに。
「すずらしいね」
「どゆ意味よー」
むくれてみせても、相変わらずたのしげに笑みを浮かべている。
「……だからね、あたしはこの席でチープな王様を気取ってるのが好き」
ここから見下ろすと全てを手に入れた気分になれるから。
綺麗なままで眺めていられるから。
「でもそれが一番の贅沢なんじゃないかな?」
「……んー……もしかしたらそうかもー」
もしかしなくても最大最悪の贅沢と我が儘なんだけど。
「でも、すずがそう望むなら……」
「ひゃう」
突然の突風に上着を持って行かれそうになって言葉の後半部分は聞こえなかった。首を傾げて聞き返してもただ笑みを浮かべるだけ。
「中に入ろう。夜風は毒だよ」
そして話を変えるように軽く背を押された。
この人があたしの不利になることは絶対にしないと判っているから。
だからあたしは促されるままに部屋に戻った。