記事一覧

Tribulation Friday

「だいたいー、足し算引き算さえできれば日常に支障はないのに。なのに何だってこんな訳のわからない公式を覚えなきゃならないのー?」
 あたしは教科書とノートの上に突っ伏した。
「俺個人としてはまあ肯いてやらないわけでもないが、教師としては無駄口をたたく暇があるなら公式を覚えるかそれの応用できるようにしてもらいたい所なんだが?」
 呆れた夕貴さんの声が頭上を通過する。
 まあ……小テストとはいえ勉強につきあってもらうのは悪いと思ってるのよ。でもいくら学校の方針とはいえ頻繁に小テストをやるのって言うのは人間として誤った道を進んでるとしか思えないわけで。
「……本当にこれ覚えてれば人並みの点とれる?」
 突っ伏したままだから声はいささか不明瞭。至近距離すぎて見えないけどノートには訂正のあとだらけ。
「……覚えられたのか?」
「テスト用紙がくばられるまではちゃんと覚えてるよーぅ」
 記憶力は悪くないもん。公式だけはきっちり覚えている。問題用紙が手元に来たらすかさず公式をメモするその時までは。
「なら、きちんと当てはめて計算ミスさえしなければな」
「それじゃだめじゃない!あたしの必殺技って計算ミスなのに!!!」
 がばりとあたしは身を起こした。
 平均点なんて贅沢は言わない。でもせめて半分ぐらいは取りたいと思うのが人情だとおもうのよ。
「……計算ミス前提でどうするの。自分で足し算引き算ができればとかいっておいて」
 海外生活が長かったせいで、唯一苦手……というよりなじめないらしい教科である古典のノートに目を通している礼が呟く。
 今日は古典の小テストもあるのよね。一限目の夕貴さんの授業とちがって古典は三限目なんだからわざわざここでやらなくてもとかおもうんだけど。
 ただ、礼がそんな感じだから、あとのことを考えるといろいろ気が進まないんだけど、それでも夕貴さんに教えてもらっている。
 ……まあ……うまくいけば問題を教えてくれるかなーとかテスト作る邪魔できるかなーとか下心もあるんだけど。
「でもこれ掛け算割り算入ってるしっ」
「……なんですずって俺に対してそうやって反抗的なんだろう」
 反抗じゃなくて当然のことを言っただけだし。
「日頃の行いでしょー」
「……愛されてる気がしない」
 恨みがましい顔されてもこれも愛だと思ってくれないと。
「なーんか戯言いってる暇があったら夕貴さんにばれないカンニングの方法考えてよー」
「……計算ミスを無くす方が簡単に一票」
 それにため息交じりに答えたのは夕貴さん。
「俺もそっちに一票」
 ついで礼。
「……なによーいつそんなに二人は仲良しさんになったのよー」
 そりゃふだんもそう仲が悪い訳じゃないけど特別いいわけでもないのに、あたしをいじめる時だけ一致団結しなくたっても。 
「俺たちは建設的な案を出してるだけだ」
「そうそう」
 むう。やっぱり仲がいいしー。
「礼が接触テレパスじゃなくて普通のテレパスだったら苦労しないのにー」
「……ねえその場合、苦労しないのはすずであって俺の苦労は無視?」
「世の中って理不尽よね」
「理不尽なのはお前だろうが」
 夕貴さんの深いため息。
 そんなことをやっていると朝練の終了を告げるチャイムが鳴った。 朝のHRまであと二十分。ぼちぼち教室に行かなくちゃならない。
「あああああああああ結局公式しか覚えてないー」
 まあ公式覚えて計算するだけだって言えばそれまでなんだけど。
 でもそれができれば好成績なわけで。あたしは再び机に突っ伏す。
「ああ……そうだ」
 ふと夕貴さんが呟きあたしは顔を上げ……浮かんでいた笑みに凍り付く。
「今回のテストで平均点の八割越えてなかったら覚悟するように」
 ………………。
「……か……覚悟って……なんの?」
 自分でも声が引きつってることは判った。
「それを知りたきゃ、低い点を取ってみるんだな。人間、冒険心はそれなりに大切だ」
「……世の中には知らなくていいこともあるみたいだからとりあえずがんばってみる」
 そこはかとなく身の危険を感じるし。礼君ちゃんと守ってね?
「そのかわり、五十点越えたらすずが行きたがってた例のデザートバイキングに連れってってあげるけど?」
「ほんとっ?」
 抽選で招待されるバイキングだからどんなに行きたくても行けない幻のデザートバイキング。行けるならどんな手段を使ってでも絶対行きたい。否行かねばならないっ!
 礼からご褒美もらう筋合いはないのだけれどくれるって言うなら遠慮なく。
「……甘やかしすぎだ」
「すずが覚悟するようなことされるなら、コネ総動員してでもやる気を出してもらうよ。とうぜんだろ?」
 なにやら若干火花が散っている二人を無視し、あたしは何もかも忘れて、まだ見ぬデザートバイキングに心を馳せた。