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Annoying Thursday

「ワタクシ達は友達ですわよね?」
 お嬢様のステータスシンボルとも言える豪奢な縦ロールも見目麗しく、帰れるまで図書室にでも居ようかなと思っていたあたしの前にいきなり立ちはだかったのは、隣のクラスの委員長、西方院麗女史。
 ろくに話をしたこともないその彼女がそういうならば、その取り巻きが威圧するようにあたしを囲っているのはきっと彼女なりの親愛の情……なんだと思う。自信はぜんぜんないけど。
「なのに、どうしてワタクシをさしおいていつも冬樹君と仲良くしてらっしゃるのかしら?」
 ああ……そういうお話ね。今さらというかなんというかだけど。
「従兄妹同士だからといって少し度が過ぎるのではなくて?」
「……別に仲良くしてるつもりはないけど」
 礼とは家でのことはさておいて、学校ではごくごく普通に接するようにしている。ときどき一緒に帰るぐらいで「仲良く」と言われるほど特に仲がいいと思うようなことはしてないはずなんだけどなー。
 とたん「白々しい」とか「とぼけるのはやめなさい」という類の単語が取り巻き達から発せられるけど、そっちはあえて無視。
 人の話を聞く気がない相手に言い逃れは通用しないし。だからって間違っても礼は従兄だからそれなりに親しいけど、さらに婚約候補者で現在同居中でーす。なんて本当のことは言えない。
「ではお聞きしますわ」
 西方院さんは軽く咳払いをして周囲を黙らせる。
「仲良くしていらっしゃらないなら、あなたと冬樹君のお弁当のおかずが一緒なのはどうしてなのかしら」
 何故も何もそれはあたしが作ってるから以外の何モノでもないわけで。ちなみに白山兄弟のお弁当も同じモノだったりする事実は告げるべきか否か。告げた場合、確実に状況は悪化すると思うけど。
「しかもこの数日間そうだったという報告がありましたわ」
「……その情報の出所ってどこ?」
 そのことに否定はしないけどあえて肯定もしない。ただ素朴な疑問を口にしてみる。
 あたしと礼は一緒にお昼を食べてる訳じゃない。お弁当を見比べない限りそれは判らないはず。というか何でそれを確認しようと思ったのかが気になるのは当然だと思うし。
「ニュースソースは公表しないのがマナーですわ」
 まあ、そんなことだろうなとは判ってはいたけど胸を反らして自信満々にいうことでもないような。
「それよりも、否定なさらないと言うことは事実ということでよろしいのかしら」
「それを調べた人がそうだって言うならそうなんじゃない?」
 ニュースソースはあとで洗い出すとして、西方院さんとその周囲の敵意に満ちた眼差しをそのまま受け止める。
「でも、とりあえず、あたしと話すよりも自分でお弁当作ってみた方が建設的だと思うんだけど」
 ……とはいってはみるものの、市販のものは別として、礼があたし以外の作った食べ物を受け取ることはほとんどない。
 別にうぬぼれとかそういう事じゃなくて、ただ単に他人が作った食べ物に危機感を持っているだけのこと。詳しいことは教えてくれなかったしあんまり聞きたくもないけど、以前もの凄いものにあたったとかなんとか。
 途端、西方院さんの顔が引きつった。
 あー……もしかして、すでに玉砕だったりー……。
「ま……用がそれだけならあたしはこれでー」
 これ以上こじれないうちにとっとと退散。……出来るわけもなく、取り巻き数人にがっしりと腕をつかまれてしまう。
 うー……純粋な力業は一番苦手。でも手を出さしたのは向こうが先だから正当防衛よねー。
「おや、そういうことはあまり感心しませんねぇ?」
 どうしようかと思っていたところへのほほんとした声が入ってきた。
「白山先生」
 西方院さん含め、いくつかの声がハモる。
「どうしても。と言うのでしたらもっと目立たないところでやらないとだめですよ?」
 とたん、思い出したかのようにぱっとあたしの腕から手がはずれた。
「べ、別にワタクシ達は何もしてませんわ。ねぇ?」
 西方院さんはあたしに同意を求める。
 確かに何もされてはいないからあたしはただ頷くのみ。
「ああ。それは失礼しました。……ところでみなさん、お暇そうですから一つ私の人体実験におつきあいしてくださいませんか?」
 にっこりと優しい笑顔でそう言うことを言い出すあたり悠弥さんの悠弥さんたる所以。だから「保健室の怪人」とか「マッド保健医」とか言われるのよね。
「神無城さん是非おつきあいしてみたらどうかしらきっとお似合いでしてよワタクシは急いでますからこれで失礼させて頂きますわっ!ごきげんようっ!」
 悠弥さんのお誘いに顔色を悪くした西方院さん、ノンブレスでそう言いきると取り巻き連れて見事な早さで撤退した。
「……お似合いだって」
 あたしはそれを呆然と見送る。
「……困りましたねぇ。似合ってしまったら夕貴に刺されるじゃありませんか」
 いや多分そういうお似合いじゃないし。
「でも悠弥さん、外科は本業でしょ?」
「……いやですよ、自分で自分を縫うなんて」
 ……悠弥さんでもいやなのあるんだ。
「それより、ありがとう。助かっちゃった」
「お役に立てて何よりです。……さて、いきましょうか」 
「……はい?」
 笑顔の悠弥さんに首をひねる。
「お暇でしょう?人体実験につきあってくださいね」
「……口から出任せじゃなかったの?」
「私は冗談とお坊さんの頭はゆったことないですからねぇ」
 にこにこと半ば強引に悠弥さんに保健室に連れて行かれる。
 まあ悠弥さんのことだからあたしに害のあることはしないと思うんだけど。
「お待たせしましたね」
 そう思いつつ椅子に座って待っていると悠弥さんがティーカップを持ってきた。
「どうぞ」
 出されたのは一見紅茶。香りは微かにリンゴに似た香り。
「…………いただきます」
 猫舌だからあまり熱いのもは苦手なんだけど、適度に冷めていたから普通に飲めることが出来た。
「……あれ?」
「どうですか?」
「どう……って……これカモミールティ?」
 無味無臭のなにかが入ってるならともかく、あたしにはカモミールティとしか思えない。
「ええ。そうですよ?」
「……でも人体実験って……」
 ああ……もしかして。
 きっとこの人ならそう言うことをする。
「ですから人体実験ですよ。気分をリフレッシュできるかどうかの」
 にっこりと、あたしの予想通りの答えが返ってきた。
 マッドだ怪人だって言われていても、この人はちゃんとケアしてくれる人。だから頼れる。 
「とりあえずもうすぐ仕事が終わりますから、それでも飲んでゆっくりしてて下さい。送っていきますから」
「え、いいの?」
 一応、あっちこっちから狙われてる身としてはあんまり単独行動はしないように言われているけれど、今日に限っては一緒に帰れる人が誰もいないから夕貴さんでも待ってようかなって思ってたんだけど。
「ええ。たまには。お弁当のお礼も兼ねまして」
「じゃあ、ゆっくり待ってるー」
 あたしは悠弥さんとカモミールのお茶に癒されながらのんびりと悠弥さんを待った。