「ああ、すずちゃん、質問があるのだけどいいかな?」
生徒会室のドアをあけた途端、中で待ちかまえていたような生徒会長殿がいきなりそう切り出した。
「……あたしが答えられる範囲でしたら」
あたしは瞬間的に警戒モードにはいる。
「……そんなに警戒しなくてもいいと思うのだけど」
「だって伯爵の質問って、ときどき答えにくいものがありますから」
苦笑した伯爵の引いてくれた椅子にあたしは腰かける。というか生徒会室でそう言うことやっちゃうあたりなんかもういろんな意味で凄いのよね、この人。
「たいした事じゃないのだよ。本当に。ただラーメンは中華料理なのかどうか確かめたくてね」
「………………は?」
まじまじと伯爵を見つめ力一杯聞き返す。
なにか今言語として理解できなかったんだけど。
「だからね、ラーメンは中華料理になるのかな?」
何真剣に聞いてくるんだろう、この人は。
「…………少なくても日本のラーメンは中華料理じゃないとは思いますけど」
一応、中華料理屋さんのメニューにはあるけど、確か本場中国と日本のラーメンって違う物。
「だよねぇ……?」
「それがどうかしたんですか?」
「中華部門一位がラーメンなのだよ」
伯爵はあたしにパソコンのディスプレイを向けた。
「……学食のアンケートですか?」
ディスプレイのデータを眺める。
学食のメニューを増やして欲しいという要望が相当数生徒会に届いたのは数ヶ月前のこと。
学食のメニューは他の学校と比べてもそれほど少なくないとは思うんだけど、色々変えていてもやっぱり毎日食べたりするとどうしても飽きてくる場合もある。
だから生徒の味方がモットなー生徒会長殿はすぐに学校側と交渉。その説得力というか話術とこの学校が私立という強みでメニューによっては許可できるかもしれないと言う話に。
とりあえず和洋中でアンケートを採ってみてその結果を学校側と話し合うことにしてあったはずなんだけど、結果がでてたのね。
「多分普通のラーメンのことだと思いますけど。学食にラーメンないのって珍しいみたいですし」
今ある麺類のメニューはたぬきうどんと日替わりパスタ。夏場には冷やし中華も出るけど普通のラーメンというメニューはないのよね。
他の学校の友達と学食について話したらものすごく驚かれたもん。
「でも万が一、本場中国ラーメンだったら期待を裏切ってしまわないかと」
本気なんだかそうじゃないんだか、伯爵は顎に手をやり考えるそぶり。
「そもそも本場中国のラーメンだと学校側で却下すると思いますけど」
「……その可能性の方が高いかな、やはり」
だいたい、学食のおばちゃんたちが本場のラーメンをちゃんと知ってるかどうかが怪しいと思う。生徒達も知ってるかどうか不明だから出されたものが本場のラーメンだと言い切ってしまえば問題はないような気もするけど。
「ちなみにすずちゃんはどんなラーメンが好みなのかな?」
「あたしはちぢれた玉子麺だったら味はなんでも好きですけど」
あー……でもとんこつはちょっとこってりしすぎてあんまり量は食べれないかも。
「なら、すずちゃんのために麺はそれでラーメンの要請をしてみよう」
「あ、うれしい。ありがとうございますー」
たとえ冗談でもそう言うことを言って貰えるのはちょっと嬉しい。
「でもいいんですか?生徒会長ともあろう人があたしみたいな書記ごときの要望を優先してるって噂が立っても」
だからこっちも冗談めかして言ってみる。
「かわまないよ。すずちゃんのために望む物を提供するよ。それにどうも僕は男色家だと思われているから、たまには女性の色香に狂ってみるのもいいかもしれないし」
「なら両刀だって噂が立つといいですね」
「……いやそうではなくて」
困ったような表情を見せるけど、それはポーズであって本心じゃないことは判ってるし。
「で、ぼちぼち本題に入りませんか?」
あたしは伯爵に向き直る。
「まさかこれだけのことであたしを呼んだわけじゃないですよね?」
「すずちゃんからそうやって話を振って貰えると僕も話しやすくてありがたいよ」
にっこりと浮かべた笑みに、あたしは嵌められたことに気づいた。
多分これは聞かない方がいいこと。聞いちゃいけないこと。だからあえて伯爵は話をしようとはしなかったんだわ。……あたしが聞く気になるまで。
「……やっぱり帰ります。おつかれさまでしたー」
「まあせっかくだから僕の話を聞いて欲しいのだけれどね?」
その笑みのまま、椅子の真ん前に移動した伯爵に、あたしは逃げることは愚か立ち上がることも出来ずに、なすすべもなく座っているしかった。
あああ……何でこんな時に限って礼も夕貴さんもいないのー?
あたしの心の叫びはただ虚空にこだまするばかりだった。……しくしく。