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Noisy Tuesday

「ですからこの世で叶う望みは本当は何もないのです!!!!」
 ああそうですかという感じであたしは街頭で大声を張り上げているなんだか怪しげな集団をぼんやりと眺める。
 それさえなければ、いつもの帰り道。いつもの喫茶店。
「ですから今生を捨て、来世で幸せになりましょう!!!」
 お店のガラスを挟んでいても、その集団のある意味自殺示唆にも取れる声ははっきりと聞き取ることが出来きて少なからず不快指数は上がる。
 さらに「尊師の元で修行すれば必ず来世は幸せになれる」とか言ってるあたり微妙に矛盾。
 まあ、今生捨てたつもりで修行して来世に期待しろって言ってるんだろうけど。
「おまたせ」
「ねぇ、今生を捨てるのと修行するのって同義語?」
「はあ?」 
 唐突なあたしの質問にデザートセットを運んできてくれた礼の目が点になる。
「あの人達がそう言ってるから」
 あたしは視線だけで怪しい集団を示す。
 「ああ……後希会……だっけ。最近ひそかに勢力のばしてる宗教団体のような連中」
 礼があたしの正面の椅子に座りながらそれらを一瞥する。
「……………………お知り合い?」
「……一応俺にも友達選ぶ権利あるんだけど?」
「実はあの団体に参加している」
「……そんなに俺を怪しい人にしたい?」
「だってなんだか詳しそうだから」
 目の前に置かれたクリームブリュレに手を合わせてから、表面をスプーンで軽く叩けば表面に薄く三本のヒビが入る。これってたしか恋愛運が上昇気流だっけ。表面がしっかりキャラメリゼされているここのブリュレならではの占い。
 でもどうせなら勉強運の方が嬉しいのに。
「一般常識じゃないのかな、これは。ネット内うろついてたらいやでも目に付くような活動してるし」
 一般常識なくて悪かったわねー。
「そんなに目立ってるの?」
「それなりに全国規模で地味に悪目立ち」
 ……やっぱり訳分からないし。
 あたしは、外の叫び声を意図的に無視して至福の一口。表面のカリカリと中のトロトロが微妙なバランスを醸しだし、まさに絶品。生きててよかった。来世よりも今が大切。
「だいたい、望みが叶わないからって来世に望みを託すなんて、今の人生から逃げてるだけじゃない」
 来世が本当にあるかどうかすら判らないのに。
「それはすずが強いから」
 礼は苦笑してコーヒーに口を付ける。
「あの連中がつぶれないでいるってことは、それが希望だと信じちゃう人もいるって事でしょ」
 たとえ怪しくてもそれにすがらなきゃ生きていけない人もいる。そんなことは分かってるけど。
「でもああいう情熱があれば、それを方向転換してなにかに生かせる気もするんだけど」
「それは否定しないけどね」
 とはいえ、なにかを信じられる純粋さはちょっと羨ましいかも。
「だからあたしは今の人生ですべての望みを叶えるつもりー。それがたぶん今生の意味。来世に宿題は持ち越したくないし」
「大いに同意するよ。……俺は今の人生ですずが欲しいから。それが望み。来世でももちろんだけど」
 そう言うことをあっさり言えてしまうのが礼の礼たる所以。まわりに同じ学校の人がいなくてよかった。
「それは今生はもちろん、来世でも来来世でも叶わないと思うから諦めた方がいいの。やっぱり世の中にはどうがんばっても叶わない望みがあると思うし」
 クリームブリュレもアップルフレーバーティーも礼に驕ってもらってなんだけど。でもやっぱり自分を安売りしちゃいけないと思うの。うん。
「……せめてちょっとぐらいのリップサービスを期待した俺がバカでした」
「そゆことー」
 とはいえ、絶対に礼の望みが叶わないとは言い切れないんだけど。
 だけどそれは秘密。条件が夕貴さんより有利だから。
 あたしはがっくりとオーバーアクションでうなだれる礼を尻目に、ごちそうさまとココット型に手を合わせた。