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Blue Monday

「なーんか天気が良すぎて不吉ー」
「なにそれ」
 窓の外を眺めて呟いた言葉に不思議そうな声が返ってきた。
「んー……どう説明していいかわかんないんだけど」
 多分感性の問題。もちろん、礼に触れて心を伝えれば理解はして貰えるけど。でも言葉を操るあたしが言葉に出来ないのはなんだか悔しい。
「……雲一つない青空なんて作り物っぽくない?」
 しばらく考えて、ようやくそれだけ口にする。
 抜けるような青空。ペンキをぶちまけたってもっとムラになるのに、今の空は馬鹿みたいに平坦な青。でも嫌いじゃない。
「作り物の空。そのうち壊れてなにかが墜ちてきたり」
 むかしむかし、空が崩れ落ちてきたらどうしようと心配した人はいたけれど。
「なにかねぇ?」
「壊れなくても、これだけなにもないと変な物とか発見しちゃう確率が濃厚だし」
 せめて微かでも雲があれば見間違いとして片付けられるけど。
「……外見るのやめなさい」
 ため息をついた礼があたしの視界を塞ぐべく窓辺に移動する。よっぽどなにかを発見してもらいたくないらしい。
 あたしも進んで発見したいわけじゃないから礼に視線を合わせる。
「でもいいのかな。言霊の聖女様が禍言を口にして」
「時と場合によっては。禍言ってほどでもないし。っていうか誰が聖女よ」
 何処をどうがんばっても聖女の柄じゃないことはあたし自身知っている。
「じゃあ魔女」
「それもちょっと」
 どちらかと言えばこちらの方がまだ近いような気もするんだけど、でもそんなに専門的なことが判るわけでもないし。
「わがままだなー、この子猫ちゃんは」
「うあ、最低」
 おもいっきり眉をしかめてみせる。
「だったらなにが満足ナンデスカ。お嬢さん」
「そーねー……いっそ『女王様』とか」
「では、女王陛下におきましてはご機嫌麗しゅうこととは存じますが」
 ふいに背後から、できればいま一番聞きたくない声が聞こえた。
「私の出しました課題の方はいかがなされましたか」
「……ねえ、いるならいるって教えてくれてもいいと思うんだけど」
 現実を思いだし、怖くて振り向けないあたしは正面の礼にとりあえず文句を言ってみるけど返ってきたのは軽く肩をすくめる仕草。どうやらいきなり現れたらしい。
「一時間かけてようやく半分か」
「あたしにしては快挙よ、快挙。これ以上やってあったら空から変な物が降ってきちゃうわ」
 呆れた様子で手元のプリントを覗き込む夕貴さんが視界に入ってきたので噛みついてみる。
「しかも間違ってる」
「………………ズルしないで自分で解いた証拠じゃない」
「一応、すずの名誉のために言っておくと、解き方はあってたよ」
 礼が苦笑する。
「途中でなんだか不思議な計算にはなってたけど」
「判ってたなら教えてくれたっていいでしょ」
 どうりでなんだか言いたそうな表情だと思った。
「解き方理解してるならそれほど問題ないと思って」
「今だけ理解してても仕方ないが」
「今だけでも理解させた俺を褒めて欲しいね」
「ねえちょっと。なんだか遠回しに馬鹿って言われてる気がして仕方ないんだけど」
 むくれて見せたあたしに夕貴さんはため息一つ。
「……証明問題で証明すべき所を『略』と書いてみたりカレーの作り方を書くような奴にははっきりとそう言ってやりたいが?」
「ごめん、すず。さすがにそれはフォローできない」
 低く呻いた礼があたしから目をそらす。
「他にも勘で答えが書いてあったりしてもの凄い点数だった気がするんだが?」
「多分気のせいだと思うの」
 あたしは夕貴さんから目をそらす。
 ああ……空が青い。
「俺も気のせいだと思いたいな」
 ううう。そんなに深刻な顔しなくっても。あたしが数学だめなのは知ってるくせに。
「とにかくそのプリントを終わらせれば、この間のテスト結果はなかったことにしてまともな評価をつけてやる」
 その心使いはありがたくて涙が出るけどプリント問題も訳が分からなくて涙が出てくるのは何故。教師としての夕貴さんなんか嫌いだー。
「家でやっちゃだめー?」
「おそらくよけいだらだらするだけだと思うが?」
 ああ……やっぱりあたしのことちゃんと理解してるんだわ、夕貴さん。ちっとも嬉しくないけど。
「……やっぱり不吉。この天気」
 軟禁場所である数学準備室の窓から再度空をみる。
「またそこに戻って現実逃避?」
「ちがうー。こんなにいい天気なのに外に出られないなんて不吉だからとしか考えられないもん」
 外はこんなにもいい天気で。
 きっと外はものすごく気持ちがいいにちがいないけれど。こんな天気の中を帰れば爽やかな気分になれるだろうけれど。でも不吉だからまだ外に出ない方がいいに違いない。
「……それって、酸っぱいブドウ」
 自分の手の届かないところにあるブドウは、きっと酸っぱいから。だから諦めた方がいい。
「なーにかいった、礼君?」
「いーえー別に何もー」
 家に帰れないなら、時間つぶしにプリントをやるしかない。うん。
「とりあえず、あと一時間やる。それまでに全部終われば『安眠』の新作デザートもつけてやってもいい」
「ほんとっ!?」
 あたしは最近発表された「安眠」の新作デザートに思いを馳せ、礼の呆れたため息を無視してプリントに取りかかった。